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水戸地方裁判所土浦支部 昭和60年(わ)177号 判決

主文

被告人を懲役三年に処する。

未決勾留日数中二五〇日を右刑に算入する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は、大谷大学文学部在学中に高校の英語教員資格を取得し、昭和四七年三月同大学を卒業して、同年四月岐阜県内において直ちに高校教員となり、同県関市立関商工高等学校において五年間、次いで岐阜市立岐阜商業高等学校において八年間それぞれ勤務した後、昭和六〇年四月一日岐阜県立岐陽高等学校に転任し、同校において英語の教鞭をとるかたわら二年六組を担任していたものであるが、同時に、昭和三四年得度し、僧侶の地位にもあつたものであるところ、昭和六〇年五月七日から三泊四日の日程で行われた筑波科学万博の見学をも兼ねた同校二年生の研修旅行に、ほか十数名の教員とともに引率者として参加し、生徒とともに旅行中、同旅行開始直後の所持品検査で、自己の担任するクラスの生徒であるKが予め学校側からその携行を固く禁じられていたヘアーアイロンを持参してきているのを被告人自ら発見したためこれを取り上げ、さらに翌々日の同月九日朝にも宿泊先の茨城県筑波郡谷田部町大字谷田部字山崎六、八八八番地の二所在の「つくばイン・エキスポ」において、やはり自己の担任するクラスの生徒であるHが自室でヘアードライヤーを使用しているのを目撃したため、これも取り上げていたが、同日の朝食後、被告人ら教員の使用していた同ホテルC棟一二号室に戻つた際、同室内においてやはり自己の担任するクラスの生徒である本件被害者Tがヘアードライヤーを持参していたということで正座させられていたため、その場にいた生徒指導担当の引率教員藤木保之とも相談のうえ、前記のKとHも同様に呼び出し説諭することになつた。そこで被告人は両名を同室に呼び寄せたところ、藤木は両名をも正座させたうえ、H、K、Tの順にヘアードライヤー等を持参したことにつき、厳しく叱責し、平手で同人らの頭部を数回殴打し、さらにその前額部を手拳で一回ずつ小突くなどしたうえ、そばにいた被告人に対し、その前任校を引き合いに出して「市岐商はこんなものか。」と問いただすなどした。このような藤木の言動を眼のあたりにした被告人は、藤木の手前、自らも三人の生徒に対して指導するのでなければ示しがつかないという追い詰められた気持ちにかられるとともに、自己の担任するクラスの生徒ばかり三名が事前に再三にわたる指導にも拘らず規則に違反してヘアードライヤー等を持参したことで、同人らに対する無念さと腹立たしさが募り、憤激のあまりKに対し、「帰つてしまえ、おまえらみたいなのは殴る価値もない。」などと言いながら、その頭部を手拳と平手で一回ずつ殴打し、さらに同人に対し、「何で持つてきた、持つてくることがあかんことはわかつているやろ。」と詰問し、これに同人が黙つたまま答えないため、反省の態度が見られないとして、さらにその右肩付近を二回位足蹴りにし、同人を後ろに転倒させるなどの体罰を加えた。

(罪となるべき事実)

被告人は、同日午前七時五〇分ころ、右Kに引き続いて、同室内において正座しているT(当時一六歳)の前にしやがみ、同人に対し、「先生達は昨夜も一昨夜も二時間か三時間しか寝ていない。先生達が一生懸命やつているのにどうしておまえ達きちんとやれないのだ。」などと叱責したが、同人が黙つて下を向いたまま何の返事もしないことから、同人に反省の気持ちがないものと考え、情けない気持ちと腹立たしい思いにかられ、強い調子で同人に対し、「何でこんな物持つて来た。」と尋ねたが、相変らず同人が返事をしないため、憤激のあまり、立ち上がりざま右の平手でその頭部を一回殴打し、さらに立つた状態で、正座している同人に対し、右手拳でその左側頭部を二回位振り下ろして殴打し、なおも同人が黙つたまま返事をしないため、右足でその右肩付近を二、三回蹴りつけ、その衝撃で左横に倒れた同人の右側頭部を右足で二回位踏みつけ、同人が「ごめんなさい、ごめんなさい。」と繰り返し謝つているのにも耳を貸さず、起き上がつて座り直そうとした同人の右肩付近を右足で二回位蹴りつけてその後頭部を後方の壁にぶつけさせ、さらに、再び座り直して頭を下に垂らしていた同人の正面からその腹部を右足で一回蹴り上げるなどの暴行を加え、よつて同日午前一〇時一〇分ころ同県新治郡桜村天久保二番三号筑波メディカルセンター病院において、同人を右暴行に起因する急性循環不全により死亡させたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法二〇五条一項に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中二五〇日を右刑に算入し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文を適用してこれを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、教師である被告人が、その担任するクラスの生徒で、校則に違反してヘアードライヤーを使用した被害者に対し、判示のとおりの暴行を加えて死亡するに至らしめたものであつて、その発端が被害者の校則違反の点にあつたとしても、被害者は相当程度の判断能力を備える高校生であつたのであり、かつ教師対生徒という十分説得可能な関係にあつたこと等に鑑みると、被告人としては、相応の説諭、指導をもつてこれに臨むべきであつたというべきである。しかるに被告人は、かかる手だてを講じることもなく、また、被害者が何ら逆らうことなく正座し、途中からは謝罪していたにもかかわらず、右の如き暴行行為に及んだものであつて、その態様は被害者の校則違反の程度に比しても熾烈極まるものといわなければならない。しかも被告人の本件犯行は、校則違反者全員が自己の担任する生徒であつたことに対する無念さや、同輩教師から生徒指導について暗になじられたこと等に誘発された私的感情によるものというべきで、たとえ、被告人が当初、教育的意図を有していたとしても、本件行為自体は、教育的懲戒とおよそ無縁のものと評するほかない。これにより、被害者は若い命をこともあろうに信頼する担任教師の手によつて失わしめられたもので、その結果は極めて重大であり、一人息子を瞬時に失つた遺族の深い悲しみには切々と胸を打つものがあつて、これが未だ被告人の厳罰を望んでいるのも無理からぬものがあるというべきである。かかる諸事情に加え、本件が与えた社会的影響の大なることにも鑑みると、被告人の責任はまことに重いといわなければならない。

もつとも、本件は不断からある程度の体罰が容認されていた岐陽高校内の風潮や本件直前になされた藤木教諭による体罰と被告人の日頃の生徒指導に対する甘さを暗になじられたことにあおられた側面があること、被害者の死亡という結果は、その特異体質が何らかの形で影響したことも否定できないこと、被告人は本件犯行を深く反省し、被害者の遺族に対する誠意もみられること、被告人には前科前歴もなく、平生は体罰を加えることも全くといつてよいほどなかつたこと、被告人は既に岐阜県教育委員会から懲戒免職処分を受けたうえ、長期間にわたり身柄を拘束されていること等、被告人の側にも酌むべき事情の一端が認められるが、前示の如き本件犯行の態様、結果の重大性等に鑑みると、被告人に対しては、主文のとおりの実刑をもつて臨むのもやむを得ないと判断した次第である。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官榎本豊三郎 裁判官近藤壽邦 裁判官佐賀義史)

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